Simple is the best


  MikiとShiori


【題名】MikiとShiori
【作者】kuuko
【日時】???? 
白銀BBSより転載。




第一話  私が彼女を大好きな理由

白い天井・・・どこにでもある二本の蛍光灯・・・
ふと気がつくと、私はベッドに寝かされていた。

「ここは?」
声を出そうと思ったが、何かがのどをふさいでいるようで、
かすれたうめき声しか出ない。

顔が動かない。
私はどうなっているのだろう?
白く霞のかかった視界が、時間とともにすこしずつ広がっていく。
目を下に動かし、自分の体の様子を探る。

まず、鼻の穴に透明なチューブがささっているのが確認できた。
口を通して、のどにもチューブが通っているらしい。

道理で声が出ないわけだ。
さらに薄い掛け布団の両脇から無数のチューブが出ているのも見えた。
腕には点滴が刺さっている。
体全体がだるい。

気がつくと枕元に一人の少女が、座ったままこくりこくりと眠っていた。
ほつれた髪が彼女の頬を隠している。
「そうか・・・私、助かったんだ。」

徐々に記憶が戻ってきた。
私は遺跡に潜っていたのだ、彼女、shioriといっしょに。
体力が心許なくなり、薬もなくなってきたので、
「帰ろう。」
と言ったところまでは覚えている。
直後、背中に激痛を感じ、そのまま気を失ったのだ。

自由な方の手で、自分の体を探ってみる。
包帯がぴったり巻き付けてあった。
体を少しひねった瞬間、傷口の開く激痛が襲った。
「うっ!」
私のうめき声に、眠っていたshioriが目を覚ました。
「あ、Miki、気がついたの?」
「うう・・・」
「よかった。このまま死んじゃったらどうしようかって・・・」
点滴をしているほうの私の手を握り、彼女はぽたぽたと涙を落とした。
「あ・・・う・・・」
声を出そうとするが、うまくしゃべれない。
「あ、無理にしゃべらないで。まだチューブがのどに刺さったまんまだから。」
私は目でうなずいた。
「とにかく今お医者さん呼ぶね。」
そう言って彼女はベッドの横にある赤いブザーを押した。
そして、医者が来るまで両手で私の手のひらを包み込むように握ってくれた。

「気がつきましたか。」
医者が入ってきて私を見つめた。
「どれ。」
そう言って私の手首を取り、脈を調べる。
「ふむ・・・とりあえず最初の山は越えたらしい。」
「最初って・・・もう大丈夫なんじゃ?」
shioriが医者の方を、懇願するように言う。
「まだ安心はできません。まあ、よくて五分五分というところですね。
 ただ、こういうのは、本人の何が何でも生きようと思う強い意志が大事です。
 けっして諦めないこと。絶対治してやるんだという強い気持ちを持つこと。
 所詮どんなに医学が進歩しても、
 生命が本来持っている自然治癒能力には、遠く及びません。
 我々はそれをほんの少しお手伝いしてあげるだけなんです。」
医者はそう言うと、私の顔を覗き込み、ゆっくりと言った。
「残された者を悲しませないためにも、生きなさい。
 生きて、もう一度おいしいものをお腹いっぱい食べなさい。」
私は小さく頷いた。
「まずは眠ることです。ブドウ糖は点滴で24時間注入します。
 寝て、回復するのを待つのです。」
そこで私はまぶたを閉じた。
医者の話を聞くのにけっこうエネルギーを使ったのだろう。
すぐに意識が遠のいていった。



何度目かに目が覚めた時、医者は私の喉のチューブを抜いてくれた。
水が飲みたかったが、
「当分は飲むのも食べるのもあきらめてください。
 あなたの内臓は、まだ消化活動に耐えられる状態ではありません。」
と医者に言われては、あきらめるしかない。
とにかく危険な状態からは脱しつつあるらしい。
shioriが湿らせたガーゼで私の口を拭いてくれたので、
なんとかしゃべることができるようになった。
「shioriは、あの時、大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫。あの時偶然、テレパイプが一つ、近くに転がっていたの。
 横っ飛びにつかんでMikiを抱えて街に戻ったわ・・・。」
「そっか、ありがと。おかげで助かったんだ。shioriは私の命の恩人だな。」
「ううん、そうじゃない。」
shioriは突然下を向いた。
「どうしたんだ?」
「うん、あのね、私あやまらなくっちゃ。」
「なにを?」
「Mikiがこんなことになっちゃったのは、私のせいなんだ。」
私はshioriが何を言い出そうとしているのか、なんとなく気がついていた。
「あれ、そうだっけか?」
わざととぼけて言ってみたが、あまり効果はなかったようだ。
「分かってるの、あの時、Mikiは、もう薬がないから街に帰ろうって言ったで
しょ。」
たしかにそう言った。覚えている。だが・・・
「あの時私、ちょうど目の前にゴッドパワーが落ちてるのに気がついたの。
 これさえ手に入れれば、私の武器も大幅にパワーアップする。
 そしたら薬がなくても、もうしばらくは、戦っていける。
 ・・・そう思ってたの・・・甘かったのよ。」
shioriが今回のことで自分を責めているのには薄々感づいていた。
「それは結果論だよ、shiori。そうやって自分を責めちゃダメだよ。
 それに私、こうして助かったんだからいいじゃない。」
「私、フォース失格だね。大切な相棒をこんな目に合わせちゃうなんて。
            ・・・ごめん、ごめんね、ほんとにごめんね。」
本格的に泣き出したshioriを、私はどうしたらいいものかと考え込んでしまった。
「だいたい私とMikiとじゃ、もともとチームを組むのに
 釣り合いが取れてなかったのよ。
 Mikiはいつでも冷静なのに、
 私ときたらその時の感情で行動しちゃうから・・・
 だから・・・」
「そんなことはない。」
「私のせいでMiki、こんなにお腹傷だらけになっちゃって
 ・・・もう人前で水着だって着られない。すごくきれいな体してるのに。」
「ああ、そんなことで泣いていたのか。」
自分のお腹の状態を見ながら私はため息をついた。
たしかにひどい有様だ。傷を消毒する時に何度か見たのだが、
カオスブリンガーに刺された穴が一つ、手術で切った跡が、
みぞおちからおへそにかけて約11センチ、
その他にも腹腔内の膿を吸い出すためのパイプがあちこちに埋められて、
悲惨なものだった。これが自分の体だと認めるのには随分と勇気が、
そして少しばかりのあきらめが必要だった。
「Mikiは私よりずっとすらっとしてて、手足も長いし、
 ウエストだってきゅっとくびれてるし・・・私ちびだから・・・
 あこがれてたの。それなのに。」
「外見なんかどうでもいいんだ。」
「だって」
「いいから聞け。」
思わず命令口調で言ってしまった。
「私がshioriといっしょにいたいと思うのには理由があるんだ。」

そして私は、なぜかこんな話をはじめたのだった・・・。



天気のよい午後だった。私は友人と下町を歩いていた。
彼女はちょっと小柄な、でも首が細くて、
あごと鼻の線がすっきりとした女の子だった。
あまり車の通らない静かな道だった。
下町だからたまに通る車も、一時代前の半自動運転制御タイプだ。
行きつけの喫茶店めざして、のんびりと歩く。
ちょうど交差点に差し掛かかった時、子猫の泣き声がした。
まだ世の中に出て間もないだろう子猫だ。
交差点の真ん中にちょこんと座っていた。
向こうから車が近づいてくる。
「どけよ。」
という感じで、今時珍しい手動のクラクションをならす。
猫はどうしたらいいのか、とまどっていた。
私は
「ああ、あの猫は、こういう時どうしたらいいか、まだわからないんだな。
 前に進んだらいいのか。後ろにさがったらいいのか・・・可哀想だけど、
 世の中のことを学習不足なんだ。車にひかれて死んでしまうんだろうな。
 今もし偶然助かったとしても、遅かれ早かれまた似たような目に合って
 死んでしまうのだろうな。」
というようなことを、まあざっと1秒くらいの間に考えていたと思う。

ふと気がつくと、さっきまでいっしょに隣を歩いていた友人がいない。
どこだろうと周囲を見回すと、彼女はいつの間にかその猫の所に走りよっていた。
後ろから抱き上げて、車の運転手に軽く一礼し、わきの小道に猫を降ろすと
頭をなでてやっていた。

しばらく私はぼーっとしていた。
何がおきたのかを自分の中で整理し、理解するのに時間がかかったのだ。
彼女はそんな私に気がつき
「どうしたの?」
というように首をかしげてこちらを見た。
そういうときの彼女は、いつも唇がわずかに開いていて、
その両端が少し上がっているように見えるのだった。
その笑顔を見て、私は我に返り、彼女のもとに駆けていった。
自分は彼女と友だちでよかったと思った。
自分にはないすごいものを持っていると思った。
とてもかなわないとも思った。
そして、
一生彼女とは友だちでいようと思った。

わきの小道、何事もなかったかのように、ひょこひょこと歩いていく子猫。
彼女はにこにこと手を振って見送っていた。
私は声をかけた。
「猫・・・、助かってよかったね。」
「うん!」
暖かな日射しの中、いつもの喫茶店はもうすぐそこだった。



「・・・それ、私?」
ぽかんと小さな口を開けて、shioriは私の話に聞き入っていた。
「パイオニアに乗る前、まだ地球にいたころのことだからな。」
「そんなこと、あったっけ?」
「あったんだよ。」
「誰か他の人の話みたい・・・」
「・・・とにかく、shioriは私のこと冷静だって言ってたけど、
 そうじゃないんだ、私は。」
「・・・・・」
「私は多分、他の人よりも少し冷たいんだと思う。
 そして、そんな自分が少し嫌いなんだ。
 そういう私の心を癒してくれるのが、shiori、あなたなんだ。」

なんだかすごく恥ずかしいことを言ってるような気がする。
でもこれは今言っておくべきことなんだろう。



・・・shioriはしばらく黙って考えていたが、やがて口を開いた。
「・・・Mikiは・・・・・Mikiが思っているより、ほんとはずっと優しいよ。」
「え。」
「ううん、なんでもない。ありがと。少し生きる勇気がわいてきたよ。」
「おいおい、生きる勇気って・・・なんかオーバーじゃないか?」
「オーバーじゃないよっ!」
にっこり微笑むshioriの顔は、ついつられてこっちまで顔が崩れてしまう。
「ああ、おなか空いた。」
気持ちが和やかになると、人間健康的になるらしい。
「元気になったら何が食べたい?」shioriが聞く。
「夢でカツ丼がふわふわと飛んでいくんだよ。それからラーメンも。
 あとなぜかエン○ルパイも飛んでったなあ。」
「なんだか庶民的な食べ物ばかりね。」
「まったくだ。」

病室の白い壁に、私たち二人の笑い声が温かく響く。
窓の外、ラグオルは変わらず青い大地をのびやかに広げていた。

                        第一話 終わり


第二話  これは私の大切な記憶

夢を見ていた。
夢の中の私は小さな女の子だった。
真っ暗な空間を私は一人立ちつくしていた。
心細さに声をあげて泣いても、周りに誰一人いない。
泣き疲れてのどが乾く。
すると、なぜか目の前をオレンジジュースが細く流れ落ちている。
私はそれが飲みたくてきょろきょろとコップを探す。
だが、そんなものはどこにも見あたらない。
オレンジ色のジュースはきらきらと、
いつまでも黒い闇の中に吸い込まれるように流れ落ちている。
私は為す術もなく、ただそれを見ていた。
何故か、哀しいのに温かいものがこみ上げてきた。



「夢か・・・」
上半身を起こそうとして、お腹の傷を思い出した。
「つっ!」
腹筋を動かすと傷口に痛みが走る。
のどがからからだった。

非常灯のグリーンのライトだけがかすかに病室を照らす中、
枕元に置いたデジタル時計に目をやる。
ブルーの文字は04:16を示していた。

時計の横に置いてある水差しに手を伸ばし、
隣のベッドですやすやと寝ているshioriに気がついた。
あれから彼女は、ずっとわたしの看病のために付き添ってくれている。



手術から1週間が経っていた。医者も驚く回復の早さだった。
「やはりハニュエール、ヒューマンよりも治りが早いですね。」
きのうから食事の許可がおりた。
食事といっても、お粥の上澄みのようなものだった。
白い半透明のお湯の底に、ほんの一粒のご飯粒が沈んでいるのが見えた。
病院の食事はまずいというのが定説だったように思う。
だが、ひさしぶりに食べたその一粒の、なんと甘美なことか。
「ご飯ってこんなにおいしかったんだ。」
たった一粒のご飯を、私は、口の中で溶けてなくなるまで噛みしめた。
生きていてよかったと、つくづく思った。

容態が良くなってからは、見舞客も増えた。
いつもいっしょに仕事をしているチームのみんなも来てくれた。
「今ラグオルはいろいろと大変なことになっていて、
 次から次へと仕事の依頼が舞い込んでくる。
 一人でも多く、腕のいいハンターが欲しいところなんだ。
 早くよくなって戻ってこいよ。」
リーダーはそう言って私の肩を小さく叩くと、病室を出ていった。
リーダーらしい思いやりだった。
他のみんなは、病室の雰囲気を少しでも明るくしようとでもいうのか、
やたらと冗談を連発していた。
メンバーの一人が冒険中眠ってしまい、それをチームの皆が取り囲み、
いたずらした話を面白おかしくしゃべり出すと、もう笑いが止まらない。

お腹の傷が開きそうになり、笑いながら顔をしかめる私を見てshioriが言った。 
「ささ、Mikiは疲れちゃったみたいだから今日はここまで。
 みんな忙しいんだよね?また暇ができた時でいいから見舞いに来てね。」
そうやって皆を廊下まで送り出すと、病室は再び白い静謐な世界に包まれた。

天井の所々にある、薄ぼんやりとしたしみを見て、そいうえば自分も、
冒険の最中に意識が飛んじゃったことがあったなあと思い出す。
いろいろ想像していると、
shioriが戻ってきた。

「ねえ、あいつらお見舞いに桃を持ってきてくれたんだよ。私、桃大好物!」
言いながら、ナイフと皿を取りだし、
器用に桃の皮を薄くクルクルとむいていく。
「もう果物は食べても良いってドクター言ってたよね。はい。」
一口サイズに切った桃に小さなフォークを刺し、私の手に持たせてくれる。
口にすると、ぱっと桃の芳醇な香りが広がり、
奥歯の隅にまで果汁の濃密な甘さが行き渡る。
「はあ~。」
言っておくが、私のため息ではない。
shiriが横で、桃のあまりのおいしさに我を忘れかけているだけだ。
彼女の右手がフォークをテーブルの上の皿に戻そうとするその瞬間を
私は何気なく見ていた。はっと息を飲んで言う。
「危ない!」
「え?」
我に返ったshioriが手元に目をやる。
右の肘があやうくテーブルのコップを倒すところだった。
「あ~、ほんとに危ないところだった~・・・
 でもさすがMikiね。ベッドに横になってても、やっぱり冷静だわ。」
「いや・・・、これはコップをそんな落ちそうな所に置いておいた私のミスだ。」
「え、そうなの?」
「うん、 『落ちる所に置いておくから落ちる。』 私オリジナルの教訓だ。」

二人しばらく真面目な顔でお互いを見つめていたが、
やがて同時にプッと吹きだした。

「なにそれ?Mikiオリジナルの教訓なの?あはは。」
「あはは、そうなんだ、変だろ?」
「うん、おかしい。」
涙を拭きながら、しかしshioriはやがて真面目な顔になって言った。
「でも、確かにそうだよね。予想される危険はあらかじめ徹底して排除する。
 プロのハンターとしては当然の心構えよね。」
「まあ、たしかにそうなんだけどさ。」
「やっぱりMikiは違うなあ。私とは大違い・・・」
「なにか誤解してるようだから言っておくけど、
 私がもとから冷静な人間だったと思ってるんなら大間違いだぞ。」
「え?そうなの?
 Mikiも昔は私と同じようなおっちょこちょいの女の子だったの?」
「実はそうなんだ。」
笑いながら言う。
shioriは信じられないような表情と同時に、
興味津々という顔つきをしながら聞いてきた。
「たとえばどんな風な失敗したの?」
「そうだなあ・・・」
そこまで言って、私は考え込んでしまった。
昔のことを思い出せないのだ。
「なあ、shiori・・・shioriは昔のこと、どれくらいまで覚えてる?」
「え?昔のこと?」

そう、我々ニューマンは,造られた生命体だ。
当然親がいるわけではない。
ヒューマンとは違い、成長速度が速かったり、再生能力が高かったり、
あるいはテクニックなど特殊な能力に長けていたりする。
そういった特質は、すべて遺伝子の組み合わせで、
ある程度コントロールして生み出されているらしい。
生まれるとすぐ、我々は政府直轄の教育機関に預けられ、
そこで個々の持つ能力を最大限に引き出す教育を受ける。
精神力の高い子はテクニックの扱い方を中心に、
俊敏な子は格闘技を・・・というふうにだ。
そうやって身につけた能力を生かし、ヒューマンを助け、
ともにこれからの未来を切り開いていく。
それが小さい頃から私たちに求められてきたこと。
校長先生はいつも言っていたっけ。
「生まれてきた以上は、誰かの役に立つ存在になりなさい。」って・・・。
そう、いわば、人類のよきサポート役として我々は生み出された。
現に私は近接格闘技や各種兵器の扱い方、テクニックの扱い方、
トラップ解除の仕方など、パイオニアに乗る前から、専門の大学に入り、
高度な教育をみっちり受けてきた。
そしてそれらは今確かに大きく役にたっている。
人類移住計画の危機を救うには、私たちニューマンとヒューマン、
そしてアンドロイドたちの協力なくしてはありえない。
そういうわけだから、私たちニューマンに、家族との幼少期の思い出などはない。
物心ついた時には学校の寮で、ほかの仲間たちとともに暮らしていた。

では、このあいだ見たあの夢はなんだったのだ?
リアルな夢だった。
甘くて少ししょっぱいオレンジジュースの味が、
ありありと舌先によみがえってくる。


「わたしが桃を好きなのはね・・・」
突然shioriが話し出した。
「たしか中学生の時だったの。テニスの大会があってね。
 3年生だから負けたらそれで引退。
 地区予選は順調に勝ち上がって、地区1位の成績で県大会に出たのね。
 まあ、世間を知らないから、県も制して全国に行くんだって・・・
 随分鼻息荒かったわ。
 そしたら今まで一度も私の試合見に来たことがなかったお父さんが
 『shiori、明日の試合は見に行くからな。』
 って、突然言うの。私とまどっちゃって・・・
 でもすごく嬉しかった。
 絶対に勝っているところをお父さんに見てもらうんだって、張り切ったのね。」

フォニュエールのshioriになぜ親がいるんだ?
私の疑問をよそにshioriは語り続けた。

「でも、現実はそう甘くなかった。
 私、お父さんが応援に来る前に、最初の試合で負けちゃったのね。
 会場の横で私、一人落ち込んでたら何も知らないお父さんがやってきたわ。
 負けたって聞いて、たぶん私以上にがっかりしたんじゃないかな?
 でもその晩ね、部屋でふてくされてマンガ読んでたら
 お父さんが台所から私を呼ぶの。行ってみたらね。
 『shiori、今日は残念だったな。』
 そう言って桃をむいてくれたの。
 おいしかったなあ、あの桃。

 あれから私、桃が大好きになっちゃったの。
 私、一人っ子で、しかもお父さんもお母さんも
 だいぶ年取ってから生まれたものだから、
 それはそれは随分かわいがられたんだけどね。
 でも、あの桃のことが一番心に残ってるなあ。」

そんなことがあったのか・・・でもなぜそんな記憶があるのだ?
大体時代も国も全然違うぞ。
県だの何だのというのは、それは遥か昔のJAPANとか言う国の事じゃないのか?
shioriの記憶は実はshioriの記憶じゃなくて、
過去に生きていた誰かのものなんじゃないのか?
だが、何のために他人の記憶をshioriに???

その時・・・
思い出した。私の記憶を・・・





 昔はジュースの自動販売機も、今のような形ではありませんでした。
機械のてっぺんに透明な半球のドームがあり、
銀色のノズルから噴き出すオレンジジュースが、
ドームの内側をつたって落ちてくる、
それが無限に続くという、見るからにおいしそうなしかけが施してあるのでした。
飲む時には、機械の横の透明な筒に入った紙コップを下端から手で抜き取り、
指定された台の上に置く。しかる後に10円玉を投入すると、
自動的に紙コップにジュースが注がれるというものでした。
小学校2年生の私は、常々1度でいいから、
自分で操作してこのジュースを飲んでみたい
と思っていました。

 そんなある時、母親に連れられて、
町のスーパーに買い物に連れて行ってもらうことになりました。
母が買い物をする間、スーパーの前のジュースの自動販売機のところで
待っていることにしました。

チャンス!

母にねだって10円もらいました。

きょうこそ願いがかなう。

母がお店に入っていくのを見送ると、私は急いで自動販売機に近づきました。
わくわくしながら10円玉を投入しようとしました。
ところが、穴のふちに10円玉のぎざぎざがひっかかり、
私はお金を落としてしまいました。
ころがった10円玉を私は必死で追いました。
お金は無情にも、近くにあった排水溝の中に落ちてしまいました。
そこは人が落ちないように重そうな金網がかけてあり、
とても取れそうにありません。
わたしは黒く流れる水をただ口を開けて見ているだけでした。



やがて買い物を済ませた母が店を出てきました。
排水溝にしゃがみこんでいる私を見て
「どうしたの?」
と聞きました。
「お金、落とした。」
「そう。」
母は深呼吸を一つしました。買い物かごからサイフを取り出しました。
「今度は落としちゃだめよ。」
そう言って新しい10円玉を渡してくれました。
「お母さん、一つ買い物忘れてたからもう一度行ってくるね。ここで待ってるの
よ。」
母はそう言って再び店に入っていきました。
私は嬉しくなって、自動販売機に駆け寄り、
今度は10円玉を落とさぬよう注意して入れました。

かちゃん。

やった。今度はちゃんと入れられた。

でも・・・私はいきなりお金を入れたらその後どうなるか、
そんな簡単なことを予測するゆとりがなかったのです。
そう、うれしくて興奮していたのですね、私は。
ジュースは当然ですが、私の目の前をまっすぐに落ちてゆき、
そして台の下にある小さな無数の穴に吸い込まれていくのでした。



 しばらく私は自動販売機をぼ~っと見つめていました。
自分が限りなくおろかな子どもだということ、
一人では何もできない世間知らずな子どもだということを、
つくづく思い知らされました。
私は馬鹿だ。私は馬鹿だ。私は大馬鹿だ・・・。

ふと気がつくと、後ろに母が立っていました。
「ジュース、おいしかった?」
私は母の顔を見ることも出来ず、うつむいたまま、ぼそりと答えました。
「コップ置くの忘れた。」
「そう・・・」
母はしばらく黙っていました。
やがてにっこり微笑むと、再びサイフを取り出しました。
そして私にもう1枚、10円玉を握らせてくれたのでした。
「今度は気をつけるのよ。」
 涙が落ちました。次から次へと。
こんな馬鹿な娘に、なぜ母はここまで優しいのだろう。
私が母だったら、同じ失敗を繰り返し、
こんなにもお金を粗末にするおろかな娘など
ほっぺたをはりとばしていただろう。
でも母は違うのです。
何度失敗してもにこにこ笑って10円玉を差し出すのです。

 母が見守る中、私は慎重に紙コップをセットし、
落とさないよう注意して10円玉を穴に投入しました。
やっと手に入れたジュースの味は、
涙の味と混ざり合ってかえってそれが隠し味となったのでしょう。
とても甘いものでした。





「落ちる所に置いておくから落ちる・・・そうか、この記憶だったのか・・・」
つぶやいた私にshioriが
「どうしたの?」
と尋ねる。私はあらためてshioriに自分の記憶を語り始めた。



誰かが何の為かは知らないが、私たちに人間の記憶を埋め込んでいるのだ。
いや、冷静に考えれば理解はできる・・・・・
我々人造人間であるニューマンが、人類と仲違いせぬようにするためには、
私たちの心の中に人間の記憶を入れておくことが一番だと・・・
人間の記憶がある以上、それは私たちと人類との絆となっていくだろう。

そう、このシステムを考えた科学者はとても頭がいいな。

ふと、後から埋め込まれたこの記憶が、結構気に入っている自分に気がついた。
たとえそれが意図的に埋め込まれたものだとしてもだ。
きっとこういう記憶を持っていた人が実際にいたのだろう。
人類は随分自分勝手な事もするが、
反面こんなにも愛すべき心を持ってもいるんだと・・・
もしかしたら、私のこの体と同じく、造られた記憶なのかも知れない。
   けど・・・
            ・・・・・私はこの記憶を大切にしたい。



 1週間後、私は退院した。
                         第二話 終わり

第三話  ラグオル温泉の効能

久しぶりに立つラグオルの大地、赤い夕日が眩しかった。
まだ完全に治ったわけではないが、とりあえずリハビリも兼ねて、
ラグオル地表部に降り立ってみたのだ。
サポートにはshiori、その他にもチームの中からDakini、Ukiたち経験豊富な
ベテランハンターをつけてもらった。

今日の依頼は若い女性のダイエットを手伝うというものだった。
仕事が終わったらついでに洞窟内にわき出る温泉で傷跡をゆっくり癒そう
という考えもあった。
ついでに、ニューマンに埋め込まれた記憶について、
皆の考えも聞いておきたかった。

shioriには例の桃の記憶について確かめてみた。
・・・桃をむいてくれたお父さんは今はどうしてるの?
   え、とっくに死んじゃったわよ。
そう答えてからshioriは、はたと考え込んでしまった。
どうやら自分の過去の記憶に疑いを抱き始めたらしい。
私は記憶についての自分なりの考えをshioriに話した。
shioriは半分納得したような、
でも半分は納得できないような、複雑な表情をした。

shioriにはshioriの悩みがあるのだろう。
いっしょに温泉につかって話をすることで、
少しでも彼女の心のわだかまりが取れれば
と思った。



仕事は滞りなく終わり、依頼者はすっきりと痩せた体でスキップ踏みながら
パイオニアに帰っていった。

温泉に入るのも久しぶりだ。
露天風呂で混浴だから、裸で入るわけにはいかない。当然水着着用だ。
私はあえて白のビキニを着てみた。shioriがびっくりした目で私を見ている。
(大丈夫だよshiori、傷のことなんか気にしてない。)
私はにっこりと笑顔で答えた。

「入院生活のあいだに、すっかり白くなっちゃったね。」
「そうね・・・」
2週間もベッドでおとなしくしていると、紫外線とはまるで縁がないから、
肌が、静脈の透けて見えるほどに白くなる。いかにも病人という雰囲気だ。
Ukiが唐草模様のクラシックな海パンをはいてじゃぶじゃぶ入る。
「お!お腹の傷、きれいにつながってるじゃないか。
 近くで見ないと気がつかないぜ。」
こういうことを、さりげなく言うところが彼の才能だと思う。
たしかに、みぞおちからお臍にかけて、うっすらとピンク色の縫合跡が見える。
お湯に温められて、そのピンク色が次第に濃く浮かび上がってきた。
「だれかさんがくだらない冗談で笑わさなければ、
 もっときれいにくっついたはずなんだけどね。」
shioriが目をつりあげて言う。
「え、おれのせいか?あいたたた・・・わ、悪かった。許してくれ。」
どうやらshioriが思い切りUkiの脇腹をつねっているらしい。

「しかし、ふつう手術の跡は隠すだろう?Mikiは思い切ったことするな?」
Dakiniが頭の上に手ぬぐいを乗せながら言う。
「うん、これは隠さず目に見えるようにしておきたいんだ。
 まあ、自分の中に甘さが出てきたら、これを戒めとして気をひきしめる
 ・・・みたいな意味かな。」
「ああ、たしか大昔、中国っていう国にそんなことわざがあったような・・・」
「臥薪嘗胆って言うんだと思う。」
そう言いながら、私はニューマンの心の中にある記憶について、
皆の意見を聞いてみることにした。


「・・・まあ、いいように考えればMikiの言う通りだと思うよ。」
温泉の横には白くて幅の広い滝が、涼やかに流れ落ちている。
Dakiniは虹のかかる滝を見ながらそう言った。
「悪いようにも考えられるということ?」
「うん、つまりニューマンの反乱を防ぐためという・・・」
「そのために記憶を?」
「その場合、記憶は死んでしまった誰かのものを持ってきたのかもしれないし、
 あるいはCG会社が作り出した映像を幼少期の脳に刷り込んだのかもしれない。」
「なるほど・・・」
「でも、最初の目的がなんであれ、今となっちゃ関係ないのかも知れないな。」
「え?」
「うちのリーダー、今度結婚するんだ。」
「ああ、聞いたことあるよ。」
「相手はMikiと同じハニュエールさ。ほら、知ってるだろ?」
「あ、あの人ね。」
「そそ、たぶんニューマンてえのは今回のパイオニア移住計画を成功させるために
 生み出されたものなんだろうよ、で、おえらさんたちが計画が終わった後のことを
 どう考えているかは知らないけど、今ここじゃあ、リーダーたちだけじゃあない、
 あちこちでお似合いのカップルが出来てるんだぜ。」
「そうなの?」
「はは、一度動き出した流れは止められないさ。おえらさんが後で気がついた頃に
は、
 いたるところでニューベイビーが誕生してるってわけだ。
 人類の新たな一歩ってやつだな。
 Miki、あんたにだっていろいろお声がかかってるんだろ?知ってるぜ。」
「な、何を急に・・・」
DakiniはMikiの方へ、ゆっくりと向き直ってから言った。
「なあ、Miki、造られた生命体、作られた記憶ってのはたしかに
 心にひっかかるかもしれん。でも、お前のことを大事に思ってくれてる誰かが
 現実にいるんだ。生まれてきた以上はそれを大切に、そして自分の幸せを大切に
 するのがいい、と俺は思うぞ。」
「・・・私、出る。」
「ん?」
「Miki、顔真っ赤だよ。」
「ばっ、馬鹿。ちょっとのぼせただけだよ。shiori。」

タオルで汗を拭き取り、いつもの白い戦闘服を身につける。
温泉では今度は、shioriのお相手は誰かという話題で盛り上がり始めたようだ。
お湯をかけあいながら無邪気に笑うshioriを見て、
ここにきて本当に良かった。
そう思った。


                    第三話 終わり


第四話  真珠の涙 

その夜、ロビー4-○-○はハンターたちでにぎわっていた。
今夜はチーム「Silvery-Snow(SS)」のメンバーに招集がかかっているのだ。
最近になって、ダーク属性の高い武器の発見が相次ぎ、
ようやく遺跡の最深部にまで到達できるようになった。
それにつれ、遺跡の各所に残されたリコのメッセージの回収も、
かなりの数にのぼった。
みなが持ち寄ったリコのメッセージを統合し、
今後の行動の指針を決定しようというのが、
今夜のミーティングのテーマだった。

各自が持ち寄ったリコのメッセージデータをセットする。
情報担当のIZがカタカタとキーボードを叩き、データを一つにまとめ上げる。
「こんな感じです。リーダー。」
「うむ・・・・・いいだろう。みんなディスプレイを見てくれ。」
壁にかかった100インチのディスプレイに、
まとめあげられたばかりのリコのメッセージが次々映し出される。
「え、そういうことだったの?」
メッセージの中には、明らかに父への遺言と思われるものがあった。
「まさか、じゃあ・・・」
あちこちでざわめきが起きる。
「みんな、聞いて欲しい。」
話し声がぴたと止まる。
「前から薄々そうじゃないかとは思っていたんだが、これではっきりした。」
リーダーのTeitokuが皆の輪の中心に立ち、全員の顔を眺めながら言った。
「この星の地下深くには、ダークファルスという名前の超生命体が封じられている。
 我々は踏みこんではいけない墓場に立ち入ってしまったのだ。」
「しかもそいつは、もう既に復活しつつあるんです。」
IZが補足説明する。
感情を抑えようとしているが、その声の震えは、その場にいる誰もに伝わった。
shioriが悲痛な声をあげる。
「じゃあ、リコは?」
「おそらくダークファルスの復活をなんとか阻止しようと、
 最後の扉を開けたんだろう。」
Teitokuが冷静に分析する。
しばらくの間、4-○-○のロビーを、沈黙が支配した。
・・・。

「でも、今になっても消息が知れないということは・・・」
shioriが言ってはいけないことを言ってしまったような言い方をした。
Teitokuはやはり冷静に言う。
「そう、つまりリコは、
 ダークファルスというやつに取り込まれてしまった可能性が大きい。」
「ダークファルスは、完全復活するために、
 より強い依代(よりしろ)を必要としていました。」
IZがリーダーの言葉を引き継ぐ。
ごくり・・・と誰かが生唾を飲み込む。


つけっぱなしのディスプレイには、若い女性が薄い衣をまとい、
ラグオル地下から直送された天然水をこくこく飲む、
という実に脳天気なCMが流れていた。


その時、ニュース速報が流れた。
「速報です。」
巨大な画面いっぱいに見慣れた女性ニュースキャスターの顔が映し出される。
「惑星ラグオル地下で、過去に異星人が残したと
 見られる坑道が発見されてから、1週間がたちました。
 また、その坑道では稼働中の電子兵器が多数確認されました。
 この電子兵器は外部からの侵入者を排除するよう
 プログラムされていたため、今まで多くのハンターたちが、
 撤退を余儀なくされていましたが、この度・・・」

みなが「おいおい」というような仕草でニュースを見る。
「また、ずいぶん遅い情報だな。」
「坑道の下に遺跡があること、おえらさんはとっくにご存知の筈じゃあ?」
CrystalがTeitokuに問う。
「うむ、リコのメッセージも逐一報告してある。きっと民間人には、
 確定した情報しか流さないんだろう。」

ニュースキャスターはここで一呼吸入れ、
次ににっこりと満面に笑みを浮かべて続けた。
「この度、チームSSが、坑道最深部にあるメインコンピューターに接触、
 これを沈黙させることに成功しました。
 今回の業績をたたえ、チームSSには
 総督から感謝状と特別報奨金が贈られる予定です。
 それではここで、惑星ラグオル生物学研究の第一人者である・・・博士に・・・」
おお!とロビーがどよめく。
「すげえ。」
「特別報奨金だってよ。」
「やったね、リーダー!」
「これで宴会だ~。」
今までの苦労がすさまじかった分、
それが評価されるとなると、やはりうれしいもの。
私たちは皆手をとりあい、跳ね上がって喜びを分かち合っていた。
だが、Teitokuは浮かれた雰囲気の中、一人、
ニュースの続きにじっと聞き入っていた。


画面では、キャスターと博士がテーブルをはさみ、
斜めに向かい合う形で座っている。
「さまざまな電子兵器があったということは、
 惑星ラグオルに高度な文明を持つ異星人が
 いるということになるのでしょうか?」
キャスターが博士に、みなが持つであろう当然の質問を投げかけた。
博士は明るく笑いながら答えた。
「今のところラグオルに異星人の存在は確認されておりません。
 すべての電子兵器は、コンピューターのプログラムに従って動いていました。
 かつてこの星に住んでいた異星人たちは、なんらかの理由で、
 すでにここを立ち去ったと思われます。」
「ということは、これで、今までに起きた様々な事件にも
 決着がついたと考えてよいのでしょうか?」
「まだ断言はできませんが、その可能性は高いですね。
 主人がいなくなっても、コンピューターは忠実に言いつけを守り、
 我々外来者を排除し続けてきた。そのコンピューターが制圧された今、
 我々はラグオル移住に向けて大きく1歩前進したと言ってよいでしょう。」



Teitokuは眉を曇らせて二人のやりとりを聞いていたが、
博士の楽観的な見解を聞くに及び、
もう耐えられないという表情をして舌打ちした。
その時、ロビーに見慣れない人物が現れた。
すぐ横に立っていたUkiに何事か尋ねる。
UkiがTeitokuの方を指すと、男は姿勢を正し、
まっすぐにTeitokuの前まで来ると、握手を求めながら言った。
「初めまして、わたくし、総督の代理として参りました。」
おお・・・と再びロビーがどよめく。
みなは遠巻きにリーダーと総督代理人を囲んだ。
どうやら授賞式についての打ち合わせをしに来たらしい。
やがて話が終わったらしく、代理人は軽く一礼すると、
ひゅ、
とその場から立ち去った。

CrystalがぽんとTeitokuの肩を叩いて言う。
「リーダー、授賞式いつだって?」
Teitokuは答えない。
「どうしたんだい、リーダー。」
「みんな・・・、悪いが、俺は授賞式には出席しない。」
・・・え!
ざわついた空気が一瞬静まる。
皆の視線が次々、Teitokuに集中する。
「・・・だから、宴会も、その・・・なしだ。」
皆の視線をしっかりと受け止めながら、Teitokuはゆっくりと言った。
「みんな、ここにくるまで随分大変な思いをしてきたよな。
 Mikiちゃんみたいに瀕死の重傷を負った者もいる。」
今度は私に皆の視線が一瞬集まる。shioriがうんうんとうなずく。
「ここらで一息入れたいのはよくわかる。俺だって騒ぐのは大好きだ。」
「じゃ、どうして?」
Ukiが素直な気持ちを表す。
「今はそんな気分じゃない、そういうことよね。」
リーダーの言葉を継いだのはChieだった。
「Chieさん・・・」
Ukiが気を利かし、TeitokuとChieとの間に、道を開ける。
「Chieか・・・」
TeitokuはChieの瞳をまっすぐ見つめた。
彼女はTeitokuの婚約者だ。Teitokuの横にすっと近寄ると言った。
「真珠の涙・・・でしょ?」
「ああ、お前にはその話、したんだっけな・・・」
Ukiが疑問を投げかける。
「リーダー、真珠の涙って?」
「ん?ああ・・・いや」
Chieはためらうリーダーの脇腹をつついて言う。
「私がかわってみんなに話そうか?」
「・・・うん、お前がそうしたいんなら・・・そうして貰おうか。
 俺は照れくさくてとても言えそうにないしな。」
「うん。」

Chieは皆の方を向き直ると、いたずらっぽい目をくるりと回して話し出した。
「あのね、テイさんは今でこそ、こんなごっつい体してるけど、
 子どもの頃はすっごい泣き虫だったんだよ。」
「そんな前置きはいいから、さっさと本題を始めろよ。」
「は~い、じゃあ泣き虫テイさんのお話、始まり始まり~。」
Teitokuにぽかりと頭を叩かれながら、Chieが語り始めたのは、こんな話だ。





 2年3組はその時、いつまでたっても静かになりませんでした。
授業中なのですが、先生は急な用事が出来て、
しばらく出ていったきりなのでした。
みんな先生とかわした
「静かに自習している。」
などという約束などとうに忘れ、好き勝手に騒いでいました。
・・・
随分たってから、やっと先生が戻ってきました。
あまりの騒がしさに、先生の怒りは当然のごとく爆発しました。
「全員、中庭に出なさい。」
強い意志と燃えるような怒りを秘めた口調でした。
皆、しーんと静まりかえりました。
中庭に皆を立たせると、先生の長いお説教が始まりました。
他のクラスの子たちが、私たちを見てはくすくす笑っています。
「先生の言いつけを聞かずに騒いでいた罰だ。」
と言っているかのように私には思えました。すごく恥ずかしく感じました。
やがて、先生は私たちに反省を促しました。
「今日みたいなことは二度としませんと約束できる子だけ、教室に入りなさい。」
皆はしばらく逡巡していましたが、一人の利発な子が
「もうしません。約束します。」
と先生に告げて教室に入るのを見ると、それに勇気を得たように次々と
「ごめんなさい。」
「今度からはもうしません。」
そう言って一人、また一人と、教室に入っていくのです。
私はなぜか足が動きませんでした。
気がつくと、中庭に立っているのは私一人になっていました。
先生は、私が最後まで残っているのが意外そうな顔つきでした。
ゆっくりと近づいてきて聞きました。
「どうしてあなたは、先生に約束ができないの?」
やさしく聞いてきました。でも、目は悲しそうに深い青色なのでした。
私は、なぜ自分がここに残っているのか、実のところは自分でもよく
わかっていませんでした。
ただ、私のしたことが先生をとても悲しませてしまったらしい、
それがとてもつらかったので、私はべそべそと泣きだしてしまいました。
「泣いてないで、どうして約束できないのか、先生に言ってごらん。」
しゃくりあげながら、考えてみました。なぜ私は約束できないのかを。
そして一言ずつ考えながら話しました。
「私たちは前にも同じようなことをして、先生に怒られました。」
先生はまた意外そうな顔をしました。
「その時にも、今日と同じように、先生と約束をしました。」
そう、あの時も今日と同じように私たちは先生と約束をしたのでした。
「でも、今日、みんなは先生との約束を守れませんでした。
 だから・・・・今、約束してもみんなまた守れないだろうなと、そう思ったんで
す。」
私はぽたぽたと涙を床に落としながら話しました。先生と1対1で話す。
こんな大それたことをするには、私はあまりに泣き虫だったのです。
「そう・・・そうね。あなたの言うとおりかもしれないわ。」
先生は大きくうなずくと私の手を握り、教室に引っ張り込みました。
どうするんだろうと先生の顔を見ていると、先生はいつの間にか大粒の涙を
ぽろぽろと流していました。私はびっくりしました。
どうしたんだろう?と考える間もなく、先生は
「みなさん、お聞きなさい。」
大きな声でみんなに呼びかけました。
「テイさんは、みなさんのために泣いています。
 先生との約束を今日、みなさんは破りました。
 だから今日のこの約束も、また破るだろうと考えて、
 それが悲しくてテイさんは泣いているのです。」
私は驚愕しました。
私が泣いているのはそんな高尚な理由からではない。
ただ私が臆病で泣き虫だからだ。それを先生はいいように誤解している。
私はそのことを先生に伝えようとしました。
しかし先生は私のそんな気持ちなどおかまいなく、
私の手をつかむと高だかと差し上げ、クラスのみんなを見回し、
そして叫んだのでした。
「テイさんの涙は真珠の涙です。」
水を打ったように静かになるとは、こういうことを言うのでしょう。
皆の視線が私に集中する・・・なんとも言えぬ居心地の悪さのなかで、
「はやく時間が流れてくれたらいいのに・・・」
そんなことをぼんやりと考えていたのでした。



「まあ、大体こんな感じだったかしら。」
ちょっと長い話だったかなという風に、Chieが肩をすくめる。
「ずいぶん美化されているところがあったみたいだが・・・」
Teitokuが不満そうにつぶやく。
「あら、もっとかっこよくしてもよかったんだけどな。」
「はいはい、のろけは結構、ごちそうさま。」
shioriがぱんぱんと手を叩く。
「でも、リーダーの気持ちはわかったよ。」
Ukiがしんみりと言う。
「そうだな、冷静に考えれば、さっきのニュース、あれは朝三暮四だ。」
Dakiniがうんちくを交えて語る。
「何、それ?」
どうも俺はそういうことには弱いんだというそぶりを見せながらCrystalが聞く。
「中国の古いことわざよ。」
私がしゃしゃり出て解説する。
「そう、猿がね、ある朝えさが足りないって飼い主に文句言うの。
 そしたら飼い主は、今まで朝三つ、晩四つやってたえさをね、
 今日からは朝四つ、晩三つにするぞって言ったの。
 猿はそれを聞いて大喜びしたっていう・・・」
「なんで喜ぶんだ?かわりに晩が三つに減るってのに・・・」
「だから、そこが猿知恵なのね、朝四つ現物を目の前に出されたらうれしいわけよ。
 先の事なんか考えちゃいないの。」
「あ、なる。」
Dakiniがここまでの話をまとめる。
「そう、あのニュース、あれはいつまでもラグオルに降り立てないことで、
 不安が高まりつつある民間人を、一時的に喜ばせているだけなんだ。」
「本当の大ボス登場は、これからだってことを隠してまで?」
「そんなこと民間人が知ったら、絶望の余り、パニックが生じるぜ。」
「そうか・・・」
それまで黙って皆の話を聞いていたTeitokuが、再び口を開いた。
「俺は総督のやり方にどうこう言うつもりはない。
 民間人が不安な毎日を送っていることもよ~く知っている。
 少しでも明るいニュースを届けてあげたい。その気持ちは十分わかるさ。
 だが本当に、パイオニア2に乗っているみんなの事を考えるんなら、
 大事な事は自然と見えてくると思うんだ。
 それは、俺たちの手で、一刻も早く元凶を取り除き、
 ラグオルの平和を取り戻すことだ。
 とはいえ・・・」
そこまで言って、Teitokuは視線を下に落とした。
「あの赤い輪のリコが、かなわなかった相手だ。
 今度の仕事、生きて帰れないかもしれない。
 それでも・・・だが・・・」
・・・仲間に死の覚悟を強要するのか、おれは・・・。
Teitokuに迷いが生じた。言葉がとぎれとぎれになる。

だが、その時、Teitokuの前にずいと一歩踏み出した男がいた。
Dakiniだった。
「テイさん、生きて帰ろう。」
IZも並んだ。
「ええ、生きて帰って、そして本当の宴会やりましょう。」
Cryatalが陽気に言う。
「死んだら、酒、飲めないぜ。」
「はは、それはいやだなあ。」
Seven、Daimon、Echigo・・・次々に声は続く。
「みんな・・・」
Teitokuは声を詰まらせる。
「よし、全部終わってから、ぱ~っと打ち上げやろう。」
「うん、やろう。」
「おっしゃ~、いっちょド派手にやったろうかい」
頼もしいメンバーたちの声。
このチームを作ってほんとに良かった・・・。
Teitokuはこみ上げてきた大切なものをこぼさないよう、天井を見上げて吠えた。
「よし、みんな、いくぞ!」
今度こそ決着をつけてやる。まなじりを決したメンバーたちが
一人、また一人と、ロビーを後にしていった。



私もshioriたちと4人でチームを作り、シティへの転送装置に飛び乗る。
チェックルームでパワー重視のマグを急いで受け取る。
装備をD属性に切り換え、いざ出ようとした時、
shioriが私の手を引っぱった。
「あせっちゃ駄目だよ。Miki。」
「え?」
「ほら、これ。」
見るともう片方の手に、持ちきれないほどたくさんのスケープドールが握られてい
る。
「落ちる所に置いておくから落ちる・・・だよね。」
そう言ってshioriはドールを差し出した。
こぼれるようなshioriの笑顔を見て、
私はいつもの冷静さを取り戻した。

その通りだ、死んでしまうような装備で行くから死ぬのだ。

大切なことを私は忘れかけていた。
shioriのドールを大切に受け取る。
「ありがとう、shiori!」
「生きて帰ろうね!」
「ああ。」
shioriの目のふちに涙が一粒、光っていた。
私は、さっきリーダーの目のふちにも、同じものが光っていたことを思い出した。

ほんとの真珠の涙って、こういうものなんじゃないかな。

私は漠然とそう考えながら、ドーム型の天井を見上げる。
そして誓う。
必ず生きて、ここに帰ると。

再び視線を前方に戻すと、
4人の冒険者たちは迷わず遺跡への転送装置に向かって走り出した。

                    第四話 終わり


第五話  その気持ちをことばに

「ふ~・・・」
私は、ピックを持った両手に目を落とし、ため息をついた。
握力が限界を超えたのだろう。
ピックを置き、しびれが残る手のひらをゆっくりともみほぐす。
Shioriが私の横に立ってつぶやくように言う。
「なんとか片づいたね。手強かったよ。」
Ukiが、手元のレーダーを確認してから言う。
「もう、いないな。」
「一時は全滅するかと思ったが、ドールのおかげでなんとか持ちこたえたな。」
そう言うとDakiniは傍らの岩を指さした。
「とにかく一服しよう。」
皆、思い思いの姿勢で岩に腰掛ける。

いよいよ最後の扉の前に来た。ここを過ぎれば、あとはDFが待つのみだ。
大広間の隅で、私たちは残った薬の数を確認しあった。
「だいじょうぶみたい。ドールもまだいっぱい残ってるよ。」
「いつでも飛び道具が出せるよう、用意しとけよ。」
「うん。」
D属性の赤いハンドガンをホルスターから取り出し、点検する。
銃を持つ手がかすかに震えているのがわかる。
しびれが残っているのではない。
緊張しているのだ。
会話にも余裕がない。
でも、もう後戻りはできない。

そんな時、Shioriが突然こんなことを言い出した。
「ねえ、みんなはこれが終わったらどうするつもりなの?」
え、という表情で皆がShioriを見る。
「あのね、この仕事が終わって、ラグオルが平和になったら、
 私たちって、失業するのかな~って思ってさ。」
「そんなこと、考えてみもしなかったな。」
Dakiniが盾についた傷をチェックしながら言う。私も続けた。
「うん、ほんとに。」
「はは、ほんとだね。これ終わったら俺、どうしようかなあ。」
Ukiが笑って言う。みなの緊張がほどよく解けていく。
Dakiniが言う。
「実は・・・」
何々?とみんながDakiniの周りに集まる。
皆の顔を一通り見てから、Dakiniはゆっくりと自分のプランを話し出した。
「無事この仕事が終われば、ラグオルにみんなが降り立ち、
 平和な時代がやってくる。みんなはこの星で新しい生活を始める。
 そうしたら娯楽施設にもきっと需要がでてくるだろう。
 で、俺たちにできることなんだが・・・
 昔、地球にディズニーランドっていう総合娯楽施設があったの、
 知ってるか?」
「あ、歴史の授業で習ったよ。」とShiori。
「うん、たしか、いろんなアトラクションや施設があって、
 お客さんはわくわくどきどきの体験ができるっていう・・・」
私も後を継ぐ。
「そう、あれに近いことをこのラグオルでやってみようかと思っているんだ。」
「ははあ・・・」
「客はハンターになってこの施設の中を冒険する。
 次々と客を襲うエネミーたち。
 武器を手にとってエネミーをなぎ払いながら、
 転送装置に乗って部屋から部屋へとつき進み、
 最終ボスを倒せばそのステージはおしまいっていうのはどうだ?」
「なる~、
 わたしたちが今やっているこのお仕事を
 シミュレーション体験させようっていうわけね。」
Shioriがぽんと手を打つ。
「そう、しかもエネミーはすべて本物からデータを採取、
 立体プロジェクターを使って投影する。リアルだぜ~。」
「でもそれって、施設作るのに、随分お金かかるんじゃないの?」
もっともな質問だ。
「金ならけっこう蓄えがあるんだ。今までに随分仕事もこなしてきたしな。」
「ふ~ん。いいかもしれない、それ。」
これは心から感心した私のせりふ。ちゃんと貯金してたんだ。
「おれ、その計画、乗ってもいいかな?」
Ukiが膝を乗り出して言う。
「いいさ、ぜひ乗ってくれよ。」
「じゃあ、俺の貯金も使ってくれよ。
 そんで思い切り豪勢なシステムを構築するんだ。」
「あはは、じゃあ私は接客業でもさせてもらおうかな~。」とShiori。
「Mikiはどうだ?」
Dakiniがちらりと私に視線をよこす。
「私?・・・私は他にやりたいことがあるから・・・」
そうなの?という顔をして、Shioriが私の顔を覗き込む。Ukiも
「Mikiにやりたいことがあるって、初めて聞いたな。」
と意外そうな顔。
「俺もだ。よかったら聞かせてくれよ。」
「うんうん、私も聞きたい。」
続けざまに言われてしまう。
えと・・・と、しばらく言いよどんでから私は話し出した。
「あのね、今まであったことを記録に残しておきたいなって・・・」
「記録?立体ビデオで?」
それなら持ってるよ、とShioriが手のひらに収まる小さな装置を取り出し、
ついでにぱちりと私の立体静止画を写す。
「ううん、古い手法なんだけど、文字だけで・・・」
「日記みたいなもん?」
「うん、私、このチームに入っていろんな事を学んだし、
 楽しい想い出もいっぱいできた。だから忘れないように、
 自分の気持ちを文字にして残しておきたいの。」
「ふ~ん、そうか、Mikiならきっとうまく書けるよ。」Ukiが励ましてくれる。
「できたら見せてね。Miki!」
「うん。Shioriには一番に見せる・・・かな?」

「・・・そうか。」
とDakiniがつぶやく。
「どうしたの?」
Shioriが、うつむいたDakiniの顔を下から見上げる。
「いや、なんでもない、それより、そろそろ行こう。」
そう言ってDakiniが立ち上がろうとした。
Shioriがそれを止める。
「ちょっと待って。」
なんだなんだとUkiが振り返る。
「行く前に、ちょっと私の話聞いてほしいの。いいかな?」
「ん?」
といぶかしがりながらもDakiniが腰をおろす。
「えと・・・あのね、私がまだ小学校のころの話なんだけどね。」





 小学校といっても、当然ハンター養成専門学校だったんだけど、
ヒューマンの男の子と仲良くなったのね。
ちっちゃい男の子だったけど、私もチビだったからさ。
で、当時は、みんなもわかると思うけど、
まだ今ほどニューマンに対する一般の理解がなかった時代だから、
最初は私も、ほんとにいいのかな?
この子とつきあっていいのかなって・・・
でもよくクラスの仕事とか手伝ってくれたの。
それで自然に、放課後いっしょに遊ぶようになったのね。
それも女の子がするような遊びにつきあってもらってたの。
縄跳びとかさ。

ある時、二人でね、町を一緒に歩いてたら、
同級生の男の子たちに出会っちゃってね。
で、そいつらが彼のことをからかうんだ。
や~い、お前、ニューマンの子とつきあってんのかって。

私、それ聞いたとき、すごくショックだった。
現実はやっぱりそうなんだなって。
きっと彼は私から離れていく。
楽しかったけど、それも今日で終わりなんだって。

でも、そうじゃなかった。そうじゃなかったの。



 Shioriはここまで言うと、ことばを詰まらせた。

しばらく沈黙が流れる。

私はShioriの涙をそっとふく。
ありがと。
小さく言うとShioriは話の続きを始めた。



 彼は男の子たちに向かってこう言ったの。
『好きだからつきあってんだ。文句あるか?』って。
そしてね、私の手を握ると、
男の子たちの前をすたすたって、通り過ぎていったの。
あいつらあっけにとられて私たちを見てた。口ぽかんと開けて。
私自身もそうだったと思う。
でも、あのときの手のひら、今でも覚えてる。
すごく力強かった。



そう言うとShioriは自分の手のひらをほっぺたにくっつけた。



「結局その男の子は、1年くらいしたらね。転校していっちゃった。」

「ふ~ん・・・」

「だから、これでこの話はおしまい。聞いてくれてどうもありがと。」
「ああ・・・いい話じゃないか。」
Ukiがしみじみと言う。
「うん、すごくいい話だったよ。」
私もうなずいた。
「私が言いたかったこと、わかってくれた?」
ShioriがDakiniを見て言う。
「ああ、わかったよ。」
「よかった、じゃ。」
そう言うとShioriは立ち上がり、
Ukiの手を取ると、逆側にある岩場まで強引に引っぱっていった。
「なな・なんだよいきなり?」Ukiが慌てる。
「ばかね、気をきかせてあげなさいよ。」
「え、何の?」
「いいからここに座る!」
「は、はい・・・」



私は、いきなりDakiniと二人きりになったことに気がついた。
あわてて彼から目をそらす。
「えと・・・あの・・・Shioriどうしちゃったのかな?」
「・・・さっきのShioriの話、あれは俺に向かって言ってたんだよな。」
「え?」
「がんばれって。大事な時に大事なことばを、ちゃんと言える男になれって。」
彼の指が私のおでこに伸びる。そしてそっと私の顔の向きを変える。
「あ・・・」

彼の視線が私を正面から捉えていた。

「Miki、これが終わったらいっしょに暮らさないか?」
「あ・・・うん、ありがと。でも。」
「迷惑かも知れない、でもおれは、Mikiのことが好きだ。」
とっさに何と言えばいいのかわからなかった。
それでも、気がつくと私の両手はそっと彼の手を包み込んでいた。
ごつごつとした彼の指を、一本一本ほぐしてゆく。

それから、ゆっくりと言葉が出てきた。

「うん・・・私もDakiniのこと、好きだよ。」
「そうか。」
「でも、ちょっと待って、
 私もね、
 大事な時に大事なことをちゃんと言わなきゃいけないの。」
「・・・なんのことだ?」
「あのね、私、このチームに入って、いろんな仲間と知りあえて、
 ほんとにうれしかった。幸せだった。
 あなたともいっしょに仕事できたし・・・
 Shioriとは以前にも増して、うんと仲良くなれた。
 手術のことも今となってはほんとにいい想い出・・・」
「Miki・・・」

私はなるべくさらりと言った。

「もう長くは生きられないの。」
「!」
「ごめんね。」
「ごめんって・・・なんで?なんであやまるんだ?
 なんで生きられないなんて言うんだよ?」
「ん、ただの寿命・・・かな?」

これもさらりと言ったつもりだったが、少し声が震えてしまったかもしれない。

「寿命って・・・そう言えば以前どこかで聞いたことがある。
 ニューマンの寿命は個体差が激しいと。でも、Mikiが?まさか。」

そう、ニューマンは創られた生命体だけあって、
ヒューマンよりも成長が速く、また、特定の能力に優れていたりする。
その代償なのか、中にはきわめて短命な者もいる。
その中の一人がたまたま私だっただけだ。
そして私は今、神経系を中心に寿命が来ようとしている。

「前、入院した時にね、お医者さんが言ったの。もってあと1年だって。」
「そんな・・・じゃあ今こうしていられるのは・・・」
「う~ん、あのね、時々意識がふっと遠のくことがあるの。
 しばらくすると戻るんだけどね。幸い戦闘中になったことはまだないの。
 アドレナリンが出ている状態ではならないみたい。
 戦闘が終わって、ふっと気をぬいた時なんか、かな?」
「あ、あの時・・・」
「ふふ、思い当たることあるでしょ?」
「ああ、なんか変だなとは思ってたんだ・・・」
「だから・・・ね。私のことは・・・」
「なんで・・・なんでMikiは、自分の事なのに、
 そんな風に他人ごとみたいに言うんだ?」
「えと・・・うん、そりゃあやっぱり、
 自分の事とはあまり思いたくないから・・・かな?
 でも、これは確かに私の体におこっていることなの。
 毎日少しずつ、だけど確実に記憶や意識がなくなっていく。
 つまり、私は私じゃなくなっていくのかな。
 だからさ、残された時間で、想い出を書き留めておくことにしたの。

 う~ん・・・ごめんね。Dakiniの気持ちに添えなくて・・・。」

私はじっと彼の目を見つめる。彼も私を見つめる。

(わかっていたわ、あなたの気持ち、
    ずっと前から・・・。
 ありがとう、
 あなたはその気持ちをことばにしてくれた。
      それだけで私は十分に幸せ・・・)

目でそう語りかける。

・・・いや、だめだ。
   彼の口がかすかに動く。

 え。

残された時間がわずかしかないのなら、なおさらのことだ。

・・・

Mikiの残った時間を、おれにくれ。

・・・

今じゃなくていい。この仕事にけりがついてからでいいから、返事をくれ。

・・・うん・・・。





静かで暖かな時間が流れていく。



Shioriが帰ってきた。
「お話、終わったかなあ?」
「ああ、気をつかわせて、すまなかったな。」
Dakiniが立ち上がる。
「えへへ。」
私は照れ笑いするShioriの後ろに立った。
「Shiori。」
「ん?」
「ありがと。」
ぎゅっと抱きしめる。
「わわ、そんなことしたら私たちの仲、二人に変な風に疑われちゃうよ~。」
「それでもいい、しばらくこうしていたいんだ。」
「・・・うん。」





「さあ、それじゃあ、そろそろ行きましょうか。」
Ukiが武器を手に取り言う。
「ああ、気持ちをきちんと切り換えなくちゃな。
 みんな、アドレナリン全開でいくぞ。
 一瞬たりとも気を抜くなよ。」
「はいっ。」
「OK!」
Dakiniの力強い声に、私たちは気を引き締める。
まずはこの件にきちんとけりをつけ、無事に生きて帰ること。
先のことを考えるのはそれからだ。
「よし、行こう!」

扉が開く。
中ではオレンジ色の光をはなつ転送装置が、
四角く黒い口を開けて私たちを待っていた。






そして今、私はこのベッドの上にいる。
毎日少しずつキーボードにむかって、想い出を打ち込む。
先週から下半身が思うように動かなくなってきた。
上半身もいつ駄目になるかわからない。
そうなったら、Shioriに頼んで,私の手になってもらおう。

DakiniとUkiは、平和になったラグオルにアミューズメントパークを設立。
ただし、話を聞いたチームのみんなが、我も我もと出資してくれたので、
当初考えていたものよりも、はるかに大きな施設が出来上がった。
今のところ順調に客足は伸びているようだ。
この間はUkiが、
「最近、客が勝手に自分で作った武器を持ち込んできて、困る・・・」
みたいなことを言ってたっけ・・・。
Shioriも受付案内嬢として、お客さん相手に楽しく仕事をしているらしい。

忙しい合間をぬって、みんなよく私に会いにきてくれる。
いや、実をいうとDakiniはほとんど仕事をUkiに任せてしまっているみたい。
だって、今も私の横に座って、私がキーボードをペチペチと押し込む姿を、
黙ってにこにこ見ているのだから。


私は疲れたと言ってキーボードをベッドサイドに置く。
そして両手を彼に向けて差し出す。
すると、彼の手が私の頭を引き寄せ、彼の指が私の髪をとかす。

こんなに、こんなに幸せな人生はない・・・・・。







ここからはShioriが書きます。

先週からMikiの代わりに私がキーボードを打つようになりました。
ラグオル温泉の話がMkiの口から出た時は、
ああ、そんなこともあったっけなあって、
懐かしくて、思わず泣いちゃった。
明日は、リーダーの「真珠の涙」の話を打ち込む予定。



おとついくらいから、Mikiはとうとう私のことがわからなくなったみたい。
でもDakiniさんが横に来ると、すごくうれしそうにする。
その時の笑顔が、すごくかわいい。



今日、お見舞いにオレンジを持っていった。
そしたら目をきらきらさせて、ジュース、ジュースと言う。
絞ってジュースにしたものをスプーンで口元にもっていくと、
目を細めてこくこく小さな音を立てて飲んだの。そして
「Shioriは桃のほうが好きなんだよね。」
って、そうはっきり言ったの。



明日は桃を持っていこうかなあ。





最後は私、Dakiniが書く。

Mikiの書き残したものをこうして本にしてみた。
自費出版だ。売るつもりはないし、もうかるものでもないだろう。
ただ、生前、Mikiに親しくしてくれた人たちに読んでもらえたら、
少しはMikiも喜んでくれるかなと思っている。

Shioriはあれからしばらく落ち込んでいたが、
Ukiが毎日やってきては励ましていたから、
きっとそのうち元気になるだろう。
何と言っても彼女には笑顔が似合うから。
仲間の中には、Mikiと同じく短命で終わってしまった者もいる。
だが、短命だからその人生が不幸かというと、そうではないだろう。

Mikiは幸せだったと思う。
ただ、残された者が、少しつらい想いをする。

リーダーとChieさんの間には子どもが産まれた。
Chieさんに似て、ぴょこんと飛び出た耳がかわいい女の子だ。
リーダーの目元もここのところゆるみっぱなしだ。
正直、Mikiとの間に子どもができていたらなと、ふと思うことも確かにある。
でも、Mikiは子どもの代わりにこれを残してくれた。
これを読めばいつでもMikiに会える。



机の上にはいつかShioriが撮ったMikiの立体写真、
横には彼女の好きなオレンジ、
その奥には小さなブックスタンドがある。
この本を置いておくためのものである。

                             終わり


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